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大樹町 Uターンインタビュー 山中沙和さん
北海道の十勝地方南部、自然豊かなまち大樹町。「酪農王国」と呼ばれるほど酪農が盛んで、ここでとれた生乳やチーズなどは格別の美味しさです。大樹町でそして大樹町を語る上で欠かせないのが「宇宙」。広大な大地に、太平洋を望む発射軌道。そして「十勝晴れ」とも呼ばれる日照率の高さを持つ大樹町は、ロケットの打ち上げに最適な場所。約40年前から宇宙産業の誘致に力を入れていて、町内に滑走路を整備し、数多くの研究機関の実験を迎え入れるなど地道な取り組みを続けていました。2021年には民間にひらかれた宇宙港の北海道スペースポート(HOSPO)が本格稼働し、「宇宙のまち」として日本だけではなく世界から注目を集めている場所です。そんな大樹町ではここ近年、じわじわと移住者が増加中。今回は大樹町にUターンしてきた山中さんにお話を伺いました。幼少期感じていた地元・大樹町と、Uターン後の今でどのような心境の変化があったのでしょうか?
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山中沙和 プロフィール
1998年、大樹町生まれ。専門学校への進学を機に大樹町を離れ、関東の航空会社に就職するが、コロナ禍の影響を受けUターン。大樹町内の企業に就職し、ホテルの支配人を務める。その後結婚し、1児の母として奮闘中。
— 山中さんは、生まれも育ちも大樹町なんですね。幼少期、大樹町をどう思っていましたか?
山中さん:
何もなくて、つまらない場所だなーと思っていました。遊ぶところも少ないし、高校生になって友達と「学校帰りにどこか寄りたいな」と思っても場所がほとんどない。子ども時代は大樹町に対してあまりいいイメージは抱いていませんでしたね。それで、「こんな狭い世界で生きていきたくないな」「もっと広い世界を見てみたい」と思って。高校卒業後、札幌に進学したんです。昔から英語に興味があったので、英語を使える仕事に就きたい!と思って航空業界を目指していました。
— なるほど。そしてその後は無事、憧れだった航空業界に就職したんですね。
山中さん:
そうなんです。道内の航空会社に就職するか迷っていたんですが、たまたま外資系の会社とご縁があって。成田空港で、外資系ハンドリング会社のグランドスタッフとして働き始めました。憧れていた仕事だけあって、空港の中で働くのが本当に楽しくて。チェックインを次々に捌いていったり、空港の中を走り回ったりしている自分を客観的に見て「私、空港で働いてる!!」ってワクワクする毎日でしたね。「こんなに広い世界があるんだ!」と思いました。
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— 夢を叶えたんですね。でも、そんな大好きだったお仕事をどうして離れようと思ったんですか?
山中さん:
一番の要因は、新型コロナウィルスの影響です。私が当時担当していたのは香港線だったのですが、発着便が激減したんです。それで仕事もできなくなって、自宅待機することになりました。家にずっといてもすることがないし、どうしようって。当時勤めていた会社は事前申告を行えば実家に一時帰宅してもいい、ということになっていたので、「それならいったん実家に帰ろうかな」とぼんやり考えていました。そんな矢先、大好きだった祖父が他界してしまって。そんな風にきっかけが重なって、久しぶりに大樹町に戻ってきたんです。
— そうだったのですね。久々に帰ってきた大樹町はどうでしたか?
山中さん:
最初は長居するつもりはなくて、「ちょっと過ごしたらすぐ千葉へ戻ろう」と考えていたんです。でもいざ大樹町へ戻ってきたら、昔から仲のいい友人もたくさん戻ってきていて。みんな進学を機に地元を離れていたけど、いろんな理由でUターンしてきていたんですよね。久しぶりに会う人たちや、大樹町のアットホームな空気感に触れているなかで「あれ?ちょっと大樹町、いいかも」という感情が芽生えはじめました。この先どうなるかわからない中で、千葉で1人自宅待機しているよりも地元で暮らした方がいいんじゃないかなって。それがきっかけで、大樹町へUターンすることを決めたんです。
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— なるほど。でもどうして「大樹町、いいかも」と思ったんでしょうか?幼少期はあまりいいイメージがなかったのでは?
山中さん:
幼い頃って、どうしても行ける場所が限られるじゃないですか。でも大人になってお酒も飲めるようになって、行けるお店がグッと増えたんです。車も運転できるから、生活に不便さもないし。それに関わる人も増えていって、大樹町を盛り上げようとしている大人が多いことにも気付いたんです。地元の飲食店が主催となってビアガーデンやイベントを開いたり、子ども連れのママが行きやすいカフェやおばんざい屋など町の大人が自分たちの手で新しい居場所をつくっていて。それに最近は地域おこし協力隊や移住コーディネーターの方々が大樹町の魅力を発信してくれたり、地元の人と移住してきた人たちとの交流の場をつくってくれたりしているんです。当時はそんな人がいるなんて気付かなかったですね。「おじいちゃんおばあちゃんしかいない」「子どもが行くところがない、自然しかない」「自分は知らないのに相手は私のことを知っている、狭い世界で嫌だなあ」と思っているばかりで。でも大人になって地元に戻ってからは「若い人も町を盛り上げようとしている人もいるんだ」「人に知られていることは悪いことじゃない、みんな優しい」って気付けたんです。幼い頃見えていた景色と、大人になってから見える景色が一変したという感覚でした。視野も行動範囲も広がったから、改めて地元・大樹町のよさに気付けたんだと思います。
— 大人になって気付くことって、たくさんありますよね。Uターンしてきてから、どんな生活をしていたんですか?
山中さん:
まずは働く場所を探しました。知り合いの居酒屋のマスターから「ちょっと働いてみる?」とお声がけをいただいて、まずはアルバイトからはじめましたね。元々航空会社にいて、接客業がとにかく好きなのでお仕事は楽しかったです。そんな中で、ひょんな出会いから地元ホテルとご縁ができて、そのホテルで働くようになりました。大樹町の人たちって、本当にあったかいんですよね。嫌な近さではない距離感で、優しく見守ってくれるのですごく楽しく働いていました。今はありがたいことに支配人を任せていただいています。
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山中さん:
そうして過ごす中で、同じくUターンで大樹町に戻ってきていた今の夫と出会って結婚しました。子どもも生まれて母になったことで、また視野が広がった気がしています。今までは自分軸で考えていたことも、「この子が大きくなった時にどうなっているんだろう」っていう未来軸の考え方をするようになったんです。これは自分でも想像していなかった大きな変化でしたね。
— ホテルの支配人、そしてお母さん。パワフルですね…!大樹町で子育てをしてみて、どうですか?
山中さん:
一番はやっぱり相談のしやすさですね。人が少ないからこそ、役場の人や保健師さんがしっかり話を聞いてくれる環境があります。私も子どもが生まれてから、離乳食のメニューや食材、バランスについて相談していましたね。季節によって欲しい魚や野菜が売っていなかったりするので、「この食材を使っても栄養バランスが偏らないか?」という細かな相談まで親身に対応してくれました。友人も子どもがご飯をなかなか食べない時期があって、困っていた時保健師さんによく相談していたそうです。妊娠から出産、その後の子育てまでマンツーマンで話を聞いてくれるのはやっぱり心強いですね。月に一度ママ友たちと交流できる機会もあります。大樹町は時間の流れもゆっくりしているから、のびのび子どもを育てられると思っていますね。ただ、大樹町は認定こども園が1つだけなので選択肢が少なくなってしまっている部分はあります。でも、私が幼い頃にみてもらっていた先生が今も現役でいらっしゃるので、そういった部分での心強さもありますね。のびのび育てられる分、「こうなったらいいのにな」と思うことはどの町にもあることだと思います。その部分はママ友さんや、同じ思いを持っている人たちと手をとって行政に提案したり、自分たちで動いてみたりしています。行政も前向きに動こうとしてくれているのをみると、人が少ないからこそ意見や思いを真摯に受け止めてくれるのは大樹町の強みかもしれませんね。
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— 人が少ないからこそ得られる利点と、問題があるんですね。リアルなお話を聞けました。大樹町に対してこれからどんな町になってほしい、していきたいなどの思いはありますか?
山中さん:
一度離れてしまった人も、「帰ってきたい」と思える町になっていてほしいですね。昔の自分もそうだったので。外で経験したいろんなモノやコトを、大樹町に持ち帰ってきてくれる人が増えたらいいなと思います。それに、実際に自分がUターンしてきて感じたのは町の空気が明るくなったことです。なんでそうなったんだろう?と思った時に、町の中に地元以外の若い人たちが増えていたんですよね。大樹町の外からきた、移住者の人たちがたくさん増えることは町の雰囲気を変えるきっかけになるんだなと気付きました。それがきっかけで増えたお店もたくさんありますし、幼少期をこの場所で過ごしていた私からみても「学生の頃より楽しい!」と思える町になってきていると思います。だから、ある種ここがターニングポイントかもしれません。町外からやってきた人と、一度大樹町を離れて戻ってきた人が新しい風をこの町に持ち込む。そこで新たな環境や設備が生まれれば、この町がもっともっといい場所になるんだと思います。「大樹町だからできない」んじゃなくて、「大樹町だからなんでもできる」と思える。そんな町になっていってほしいですね。
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